大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)125号 判決

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

原告

キャノン株式会社

同代表者代表取締役

御手洗肇

同訴訟代理人弁理士

中村稔

西山恵三

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

臼田保伸

今野朗

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成2年審判第18937号事件について平成5年6月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年6月10日、名称を「垂直磁気記録及び再生装置」(後に「光磁気再生装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和56年特許願第89261号)したが、平成2年8月24日拒絶査定を受けたので、同年10月25日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第18937号事件として審理した結果、平成5年6月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年7月12日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

光源から発した所定方向に偏光した光束を磁気記録媒体に入射せしめるとともに、該記録媒体からの反射光をビームスプリッタで前記入射光束と分離し、該分離された反射光の光磁気効果による旋光を、検出手段で光強度変化に変換して検出することにより、前記記録媒体に記録された信号を読み取る光磁気再生装置において、

前記ビームスプリッタが、反射光の内、前記所定方向の偏光成分に比べて、それと垂直な方向の偏光成分を相対的に増加させることにより、反射光の旋光角を実質的に拡大する偏光ビームスプリッタであること及び前記光源が半導体レーザと該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズとから成り、前記偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめるように構成されていることを特徴とする光磁気再生装置。(別紙図面1参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対し、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭55-118796号(特開昭57-44241号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という。)には、光源1から発した直線偏光光源のP偏光の光をビームスプリッタ2に透過させた後、磁気光学記録媒体4に入射せしめるとともに、該記録媒体4からの反射光をビームスプリッタ2で一部反射させ、ビームスプリッタ2からの反射光は偏光面が回転して、即ち旋光しており、この旋光を受光器6、6′により電気信号に変換し記録媒体に記録された信号を読み取る光磁気再生装置において、前記ビームスプリッタ2の反射率が、P偏光成分に比べて、そのP方向に垂直な方向のS偏光成分を相対的に増加させる、即ち、P成分の反射率に比べてS成分の反射率を増大させることにより、偏光面の回転角度、即ち旋光角を拡大することが記載されている。(別紙図面2参照)

3  本願発明と先願明細書記載のものとを対比すると、両者は、光磁気再生装置において、前者においては光源が半導体レーザと該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズとから成り、この平行光束を偏光ビームスプリッタに入射せしめる構成を有しているのに対し、後者においてはそのような光学手段を具備していない点で相違しており、その余の点で一致している。

4  そこで、上記相違点について検討してみると、一般に、光磁気記録再生装置においてレーザ光源として半導体レーザを用いることは、上記他の出願の出願時において周知であり(必要とあれば、特開昭54-24008号公報参照)、また、偏光ビームスプリッタは、本願明細書にも記載されているように(明細書20頁17行ないし21頁6行)、光束の入射角度依存性を利用してP偏光とS偏光とを分離するという機能を有し、発散又は収歛光束を入射せしめないように、偏光ビームスプリッタを平行光束中で使用されるものであるという点から、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることは、上記他の出願時に、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知である(必要とあれば、特開昭54-55389号公報、特開昭54-134456号公報参照)ことから、先願明細書に記載された偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは、前記先願出願時における常套手段にすぎないのであって、上記相違点に実質的な差異を認めることはできない。

そして、両者は、偏光ビームスプリッタによる旋光角を拡大するという同じ効果をなすものであるから、実質的に同一である。

なお、請求人(原告)は、請求理由の中で、偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめることによって旋光角拡大の効果を最大限に得ることができる旨主張しているが、偏光ビームスプリッタにおける入射角によるP、S成分の反射率変化に基づく旋光角変化は当該偏光ビームスプリッタの性状によるものであり、特に平行光束化が旋光角拡大に直接結び付くものではないものと認められ、請求人の前記主張は首肯することはできない。

5  したがって、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2の規定により特許を受けることはできない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1ないし3は認める。同4のうち、一般に、光磁気記録再生装置においてレーザ光源として半導体レーザ光源を用いることは、先願(先願明細書記載の発明に係る出願)の出願時において周知であること、偏光ビームスプリッタが光束の入射角度依存性を利用してP偏光とS偏光とを分離するという機能を有すること、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることは、先願の出願時に、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であることは認めるが、その余は争う。同5のうち、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明の発明者と同一でないこと、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願人と同一でないことは認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明と先願明細書記載の発明との相違点についての判断を誤り、かつ、本願発明の奏する効果を看過して、両者の効果についての判断を誤り、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  相違点の判断の誤り(取消事由1)

(1) 本願出願当時、光磁気記録再生装置は研究開発中の段階にあり、光磁気再生の分野においては、記録媒体からの反射光を入射光束から分離するための偏光ビームスプリッタに対して半導体レーザ光を入射する技術に関して常套手段というものは存在しなかった。本願出願当時、光磁気記録再生装置が研究開発中の段階にあったことは、甲第8号証(「日経ニューマテリアル」1990年3月5日号)の35頁に図4の説明として、「光磁気記録は〈1〉研究・開発フェーズ〈2〉試作フェーズ〈3〉実用・量産化フェーズの3つに分けることができる。60年代から材料研究が始まり、70年代に入ってGdCoやTbFeなどの優れた特性を持つRE/TM(希土類/遷移金属)薄膜が発見された。85年を過ぎて試作が活発化し、89年実用化、量産のフェーズに入った。」と記載され、33頁の表1には製品発表例が1988年以降であることが示されていること、甲第9号証(「光メモリー光磁気メモリー総合技術集成」昭和58年10月31日株式会社サイエンスフォーラム発行)の385頁に、1980年にKDD1号機が半導体レーザによる光磁気記録再生の動作実験に成功したことが示されていること、甲第10号証(「光ディスクのおはなし」1989年7月7日財団法人日本規格協会発行)に、「半導体レーザーで記録、再生、消去した研究成果が1980年にKDDから発表されて、半導体レーザーによる高密度記録再生のめどがたったことで急速に研究が加速しました。」(14頁2行、3行)と記載され、付録(1)の年表に、1980年8月のKDDの発表の後は、1982年の光磁気ディスクを使った文書ファイル装置の発表まで、光磁気に関する発表のないことが示されていること、により明らかである。また、甲第11号証(「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS」1980年12月号)のL732頁の図1には、再生系において反射光を分離するビームスプリッタとしてハーフミラーが示され、このハーフミラーに非平行光が入射している状態が図示されているが、このことは、本願出願前の光磁気再生の分野において、反射光を分離するビームスプリッタとして偏光ビームスプリッタを用いることが常套手段ではないこと、及び、偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることが常套手段ではないことを示すものである。

審決において、「レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめること」が周知であるとして引用された甲第6号証(特開昭54-55389号公報)及び第7号証(特開昭54-134456号公報)記載の技術は、光磁気再生の分野における周知技術ではなく、マイクロファクシミリやマイクロフィルマーなどの走査光学装置に用いられるものであり、また、そこに記載された偏光ビームスプリッタは記録媒体からの反射光を入射光束から分離するためのものではなく、2つの半導体レーザの光を重ね合わせるものである。したがって、これらが光学的処理技術において周知であるとしても、研究開発段階にある光磁気再生の分野では、そのまま採用し得るものではなかったのである。即ち、光磁気再生の分野においては、再生原理が光磁気ディスクからの反射光の偏光面の回転の変化(カー回転角)を検出して信号とするものであるところ、カー回転角が1°以下と小さいために得られる信号が微弱で信号対雑音比(S/N比)が小さいことなど、光磁気再生の分野特有の問題があり、特に再生に深くかかわる、記録媒体からの反射光を入射光から分離するための偏光ビームスプリッタに対して半導体レーザ光を入射する技術については、他の光技術分野で周知の技術であったとしても、常套手段にこまなり得ないのである。

以上のとおりであるから、「先願明細書に記載された偏光ビームスプリッタに対しそ、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは、先願出願時における常套手段にすぎないのであって、相違点に実質的な差異を認めることはできない。」とした審決の判断は誤りである。

(2) 原告主張の取消事由1に対する被告の主張(後記第三、二項1(1))は、審決の理由とは異なるものであって、相違点に対する判断を正当化するものとして理解することができないが、仮に、審決の理由が被告主張のとおりであるとしても、次に述べるとおり理由がない。

〈1〉 被告は、偏光ビームスプリッタを透過する光束として平行光束を使用することは、レーザ光の光学的処理技術において周知である旨主張するが、甲第14号証(特開昭55-163636号公報)、第15号証(「東芝レビュー」36巻8号・1981年7月1日発行)には、偏光ビームスプリッタに対して非平行光が入射している状態が示されているから、上記主張は理由がない。

本願発明の光磁気再生装置とは記録再生の原理が異なる光ヘッドの分野においてさえ、偏光ビームスプリッタに入射する光束が平行光束であったり、非平行光束であったりしたのであるから、まして、開発段階にあった光磁気再生装置の分野に属する先願発明においては、その明細書にP偏光としか記載されていない以上、当業者といえども先願明細書記載のP偏光が平行光束であるか、非平行光束であるかは特定することができないものである。

〈2〉 被告は、先願明細書に記載されたP偏光とS偏光のそれぞれの透過率と反射率における特定値は、偏光ビームスプリッタの入射角依存性からみて、平行光束でなければ設定することができないことを理由として、先願明細書記載のものにおいては平行光束で偏光ビームスプリッタに入射させている旨主張する。

しかし、放射束又は光束は必ずしも平行光束でなくとも、所定の放射束又は光束(発散・収斂光束を問わない)が指定されれば、それに応じた透過率・反射率を特定することができる。発散又は収斂光束中に配置された入射角依存性を持つ偏光ビームスプリッタについて定義する場合、偏光ビームスプリッタに入射する各光線は入射角に応じて異なる透過率・反射率を有するが、光束を指定すれば、その光束中での各光線の持つ透過率、反射率の積分値の比として光束に応じた透過率・反射率を求めることができるのである。

したがって、上記主張は理由がない。

〈3〉 被告は、半導体レーザからのレーザ光が発散光束であるとき、発散光束を平行化するために周知の光学手段であるコリメーターレンズを用いることは、レーザ光の光学的処理技術の常套手段にすぎない旨主張する。

しかし、光磁気再生の分野において、偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは常套手段ではないし、また、光磁気再生の分野では、再生原理が他の分野と全く異なり、他の技術分野では常套手段であっても光磁気再生の分野ではそのまま常套手段として用い得るものではないから、たとえ、光磁気再生用光源としての半導体レーザが周知であり、発散光束を平行光束にするためのコリメーターレンズを用いることがレーザ光の光学的処理技術における常套手段であるとしても、本願発明の半導体レーザ及び該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズを用い、偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめるように構成することが、先願明細書に実質的に記載されているとは到底いえないものである。

2  効果についての判断の誤り(取消事由2)

(1) 本願発明は、「偏光ビームスプリッタに平行光束が入射する為、全ての光線が所定の角度で分割面に入射することになり、旋光角拡大の効果を最大限に得ることが可能である。」(甲第3号証の4第3頁8行ないし11行)という効果を奏するのに対し、先願明細書に記載された発明はこのような効果を有していない。

先願明細書には、直線偏光光源1から出射したP偏光が平行光束であるのか、非平行光束であるのかについては何ら説明されていないし、まして、平行光束の場合の効果についての記載もない。

本願発明は、先願明細書記載の発明に対し、「光源が半導体レーザと該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズとから成り、前記偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめるように構成されている」という構成上の相違点を有し、それにより、効果の面でも、「旋光角拡大の効果を最大限に得ることが可能である」という格別の差異を生ずるものである。

したがって、「両者は、偏光ビームスプリッタによる旋光角を拡大するという同じ効果をなすものであるから、実質的に同一である。」とした審決の判断は誤りである。

(2) 被告は、本願明細書には、平行光束化による旋光角拡大の効果が生じることの根拠についての記載はない旨主張する。

しかし、本願明細書の発明の詳細な説明中には、上記効果の根拠について、「これに対し、本発明はコリメーターレンズを用いているので、光源からのレーザービーム及び記録媒体による反射光がいずれも平行光束として偏光ビームスプリッタに入射し、上記の問題を生じることなく、高精度な信号再生が可能となるものである。」(甲第3号証の3第21頁7行ないし12行)、「本発明では、偏光ビームスプリッタに平行光束が入射する為、全ての光線が所定の角度で分割面に入射することになり、旋光角拡大の効果を最大限に得ることが可能である。」(甲第3号証の4第3頁7行ないし11行)と記載されている。

第三  請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

二  主張

1  取消事由1について

(1)〈1〉 磁気光学再生装置において、レーザ光を再生用光源として使用すること、及び、書き込み又は読み出し光源としてレーザ光を使用することは、先願の出願当時周知であるから、先願明細書記載の直線偏光光源1がレーザ光源であることは明らかであり、半導体レーザが直線偏光光源であることも周知であるから、先願明細書における直線偏光光源として半導体レーザを採用することは、直線偏光のレーザ光源の中から当業者が任意に選択し得る程度の単なる設計的事項にすぎない。

レーザ光源の発する光束の指向性は優れており、ほぼ平行光束であることは知られているが、半導体レーザの種類によっては発散光束であるものがあることも周知である。

ところで、先願明細書に記載された直線偏光光源から出射された光束は、何らかの光学手段によって発散光又は収斂光に整形されることは何も記載されていない以上、直進性の平行光束のレーザ光束を偏光ビームスプリッタに入射せしめるものであることは明らかである。

また、偏光ビームスプリッタを透過する光束として平行光束を使用することは、レーザ光の光学的処理技術において周知である(甲第6号証、第7号証、乙第14号証参照)。

〈2〉 先願明細書には、「このとき用いたビームスプリッタ2はP偏光の透過率83%、反射率17%に対し、S偏光の透過率17%、反射率83%であった。したがって、光源1から出射した光は、第2図の矢印8で示すように、P成分だけの直線偏光であり、ビームスプリッタ2を透過した後の光は第2図に矢印9で示すように、P成分だけの偏光で、その強度は矢印8の約83%である。」(甲第4号証2頁左上欄末行ないし右上欄7行)と記載されているところ、偏光ビームスプリッタにおいて、P偏光成分及びS偏光成分の特定値の透過率と反射率を得るためには、該ビームスプリッタの透過率と反射率の入射角依存性からみて、特定の入射角で平行光束が入射していることは、当業者ならば容易に理解できることであり、光源1からのP偏光8(別紙図面2第2図)の特定値83%の強度を有する光9となるのは、P偏光8が発散光束ではなく、平行光束であるためである。

〈3〉 直線偏光光源1として周知な半導体レーザを用いる場合、該半導体レーザからのレーザ光が発散光束であるとき、該半導体レーザと、該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズとからなるレーザ光源は、甲第6号証及び第7号証により周知であるから、先願明細書に記載された直線偏光光源1としての半導体レーザ、偏光ビームスプリッタ2、集光レンズ3及び磁気光学記録媒体4からなる光磁気再生装置において、該半導体レーザにコリメーターレンズを付加することは、光学的処理技術における常套手段にすぎない。

〈4〉 したがって、本願発明では、光源として半導体レーザと該半導体レーザから出射した光束を平行化するコリメーターレンズとから成る光学手段を有しており、この光学手段により平行光束を入射せしめる点が先願明細書に記載されていない点で相違しているという趣旨の審決認定の相違点につき、「半導体レーザをコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは、先願出願時における常套手段にすぎないのであって、上記相違点に実質的な差異を認めることができない。」とした審決の判断に誤りはない。

(2) 審決は、原告主張のように、「本願出願前の光磁気再生の分野において、反射光を分離するビームスプリッタとして偏光ビームスプリッタを用いることが常套手段である」とか、「本願出願前の光磁気再生の分野において、偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることが常套手段である」とか述べているわけではないから、これらの説示があることを前提として審決の判断の誤りをいう原告の主張は、審決の内容を曲解したことに基づくものであって、失当である。

2  取消事由2について

偏光ビームスプリッタによる旋光角を拡大するという効果は、偏光ビームスプリッタからの反射光のうち、所定方向の偏光成分に比べて、それと垂直方向の偏光成分を相対的に増加させることに起因するものであるが、本願発明と先願明細書記載の発明とは、上記構成の点では共通しており、旋光角の拡大の効果は実質的に同一といわざるを得ない。

したがって、「両者は、偏光ビームスプリッタによる旋光角を拡大するという同じ効果をなすものであるから、実質的に同一である。」とした審決の判断に誤りはない。

さらに、旋光角の拡大の効果について、本願明細書には、「再生系においては、旋光により変調された光束の光路中に配する光学素子の、透過率を各偏光成分毎に異ならせて透過又は反射量を制御する事により、入射光束の偏光方向の偏光成分に比べてそれと垂直な偏光成分を相対的に増加させ、その結果旋光角を実質的に拡大して従来の欠点を解消できる。」(甲第3号証の3第16頁13行ないし17頁2行)と記載されているが、この記載からは、特に平行光束化による旋光角の拡大の根拠を見いだすことができない。また、本願明細書には、「本発明では、偏光ビームスプリッタに平行光束が入射する為、全ての光線が所定の角度で分割面に入射することになり、旋光角拡大の効果を最大限に得ることが可能である。」との記載はあるものの、平行光束化による旋光角拡大の効果の根拠は記載されていない。

したがって、「特に平行光束化が旋光角拡大に直接結び付くものではない」とした審決の判断に誤りはない。

第四  証拠

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

そして、先願明細書(甲第4号証)に審決摘示の記載があること、本願発明と先願明細書記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明の発明者と同一でなく、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願人と同一でないことについても、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

1  取消事由1について

(1)〈1〉  一般に、光磁気記録再生装置においてレーザ光源として半導体レーザ光源を用いることは、先願の出願時(昭和55年8月27日)において周知であること、偏光ビームスプリッタは、光束の入射角度依存性を利用してP偏光とS偏光とを分離する機能を有していること、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることは、先願の出願時に、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であることは、当事者間に争いがない。

〈2〉  先願明細書記載の発明において、直線偏光光源1から出射したP偏光は、偏光ビームスプリッタ2を透過した後、集光レンズ3により磁気光学記録媒体4の表面上に集光させるものであるが(別紙図面1参照)、先願明細書(甲第4号証)には、「本発明は上記のような構成であり、・・・記録用レーザー光源の小型化が可能になるなどの効果がある。」(2頁左下欄14行ないし19行)と、記録用の光源としてではあるが、レーザ光源が用いられることが明示されていること、上記のとおり、光磁気記録再生装置においてレーザ光源として半導体レーザ光源を用いることは、先願の出願時において周知であることからすると、先願明細書記載の発明において、直線偏光光源1がレーザ光源であることは明らかであり、再生用光源として直線偏光のレーザ光源の中から半導体レーザを採用することは、当業者が任意に選択し得る程度のことと認められる。

〈3〉  ところで、先願明細書記載の直線偏光光源1から出射したP偏光は、偏光ビームスプリッタ2に対して平行光束で入射せしめているのか否かについて争いがあるので、この点について検討する。

(a) 被告は、先願明細書に、「このとき用いたビームスプリッタ2はP偏光の透過率83%、反射率17%に対し、S偏光の透過率17%、反射率83%であった。したがって、光源1から出射した光は、第2図の矢印8で示すように、P成分だけの直線偏光であり、ビームスプリッタ2を透過した後の光は第2図に矢印9で示すように、P成分だけの偏光で、その強度は矢印8の約83%である。」(2頁左上欄末行ないし右上欄7行)と記載されていることを根拠として、偏光ビームスプリッタにおいて、P偏光成分及びS偏光成分の特定値の透過率と反射率を得るためには、ビームスプリッタの透過率と反射率の入射角依存性からみて、特定の入射角で平行光束が入射していることは、当業者ならば容易に理解できることであり、光源1からのP偏光8の特定値83%の強度を有する光9となるのは、P偏光が発散光束ではなく、平行光束であるためである旨主張する。

甲第16号証(財団法人日本規格協会発行「JIS光学用語」)及び第17号証(同「JIS照明用語」)によれば、透過率は「透過光の放射束又は光束Φtと入射光の放射束又は光束Φiとの比Φt/Φt」、「物体を透過した放射束と、物体に入射した放射束との比」、反射率は「物体から反射された光束と、物体に入射した光束との比」とそれぞれ定義されていることが認められる。したがって、光束が平行光束でなく、発散光束あるいは収斂光束であっても、それに応じた透過率及び反射率を特定することができるものである。先願明細書記載の上記透過率及び反射率についてみても、所定の透過光束・反射光束と所定の入射光束との比から求められるものであり、平行光束、発散光束あるいは収斂光束のいずれにも適用できるものともいい得るから、先願明細書の上記記載から、偏光ビームスプリッタ2に入射するレーザ光は平行光束に限られるものと即断することはできない。

(b) ところで、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることは、先願の出願時に偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であり(このことは、前記のとおり当事者間に争いがない。)、甲第6号証(特開昭54-55389号公報)及び第7号証(特開昭54-134456号公報)には、半導体レーザ光源装置として、偏光ビームスプリッタを透過する光束として平行光を用いることが示され、乙第14号証(特開昭56-19176号公報)には、磁気カー効果を有する記録媒体の光学的情報読取装置において、偏光ビームスプリッタへの入射光をコリメーターレンズにより平行化することが記載されていることからすると、先願明細書記載の光磁気再生装置においても、偏光ビームスプリッタに平行光束を入射させる構成を採用することは可能であると考えられること、偏光ビームスプリッタは、光束の入射角度依存性を利用してP偏光とS偏光とを分離する機能を有するものであるから(この点は、当事者間に争いがない。)、偏光ビームスプリッタに発散光束又は収斂光束が入射すると、光束中の光線の位置によって入射角が変化し、その反射率が異なってくることになり、偏光ビームスプリッタを光磁気再生装置に用いた場合には、記録媒体に照射される光束や、検出手段で受光される変調光束の光強度分布に不均衡が生じ、正確な信号の読み取りを阻害するという結果を招来することにもなるので、上記のような問題の発生を回避し、高精度の信号再生が得られるように、偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめようとすることは、当業者において当然考慮すべきことと考えられること、光磁気再生装置において、偏光ビームスプリッタに対する入射光を平行光束とすることが特に不都合であると認めるべき証拠はないことを総合すると、先願明細書記載の光磁気再生装置において、偏光ビームスプリッタに対する入射光が平行光束であることは十分想定し得るところであり、少なくとも、平行光束を入射させるものも含まれているものと認めるのが相当である。

もっとも、甲第11号証(「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS」1980年12月号)のL732頁の図1には、磁気光ディスク再生装置の光学系において、反射光を分離するビームスプリッタとしてハーフミラーが示され、このハーフミラーに非平行光が入射している伏態が図示されていること、甲第14号証(特開昭55-163636号公報)の第1図(b)には、半導体レーザを光源とする光学的記録再生装置の光学系として、偏光ビームスプリッタ5に対して非平行光を入射させることが記載されていることがそれぞれ認められ(なお、甲第15号証の705頁の図21には、偏光プリズムに対して半導体レーザからの非平行光が入射している状態が示されているが、同号証は先願の出願後(昭和56年7月1日)に発行されたものである。)、これらの事実によれば、先願明細書記載の光磁気再生装置においても、偏光ビームスプリッタに非平行光を入射させる構成を採用することが可能であると認められるが、上記甲各号証の記載が、先願明細書記載の光磁気再生装置において、偏光ビームスプリッタへの入射光に非平行光以外は用いることができないということまでをも教示するものとは認められない。

〈4〉  レーザ光源が非平行光であるような場合、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズを用いて平行化して偏光ビームスプリッタに入射させることは、前記のとおり、先願の出願時に、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であるから、光磁気再生装置における半導体レーザ光源についても、同様の構成を採用することは当業者において任意になし得る程度のことと認められる。

〈5〉  以上のとおり、先願明細書記載の光磁気再生装置には、半導体レーザ光源をコリメーターレンズを用いて平行光束化し、その平行光束を偏光ビームスプリッタに入射するものを含むものということができるから、相違点について、「先願明細書に記載された偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは、先願出願時における常套手段にすぎない」とした審決の判断に誤りはないものというべきである。

(2)〈1〉  原告は、甲第8号証ないし第10号証を挙示して、本願出願当時、光磁気再生装置は研究開発中の段階にあり、光磁気再生の分野においては、記録媒体からの反射光を入射光束から分離するための偏光ビームスプリッタに対して半導体レーザ光を入射する技術に関して常套手段というものは存在しなかったとして、相違点についての審決の判断の誤りを主張する。

しかし、審決の理由の要点によれば、審決が「先願明細書に記載された偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることは、先願出願時における常套手段にすぎない」とした趣旨は、光磁気記録再生装置において、レーザ光源として半導体レーザ光源を用いることが、先願の出願時において周知であること、偏光ビームスプリッタは、光束の入射角度依存性の点から平行光束中で使用されるものであって、レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることが、先願の出願時に、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であることを前提として、先願明細書記載の光磁気再生装置において、偏光ビームスプリッタを透過する光束は平行光束であるとした上で、光磁気再生装置の直線偏光光源として周知な半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめることは、周知の光学手段であるコリメーターレンズの単なる付加にすぎず、先願出願時における光学手段としての常套手段にすぎないと説示しているものと認められるから、原告の上記主張は、審決の説示内容を正解しないことに基づくものというべきであって失当である。

また原告は、甲第11号証のL732頁の図1には、上記のとおり、磁気光ディスク再生装置の光学系において、反射光を分離するビームスプリッタとしてハーフミラーが示され、このハーフミラーに非平行光が入射している状態が図示されていることから、本願出願前の光磁気再生の分野において、反射光を分離するビームスプリッタとして偏光ビームスプリッタを用いることが常套手段ではない旨、及び、偏光ビームスプリッタに対して、半導体レーザ光をコリメーターレンズで平行化して入射せしめることが常套手段ではない旨主張する。

しかし、先願明細書記載の光磁気再生装置は、反射光を分離するビームスプリッタとして偏光ビームスプリッタを有するものである。また、甲第11号証のL732頁の図1には、光磁気再生装置において、ビームスプリッタに非平行光を入射させるものの一例が示されているものであり、前記のとおり、先願明細書記載の光磁気再生装置においても、偏光ビームスプリッタに非平行光束を入射させることが可能であることを示すものではあるが、このことから直ちに、先願明細書記載の光磁気再生装置において、ビームスプリッタへの入射光が非平行光束に特定されるわけではなく、平行光束のものも含むものであることは前記説示のとおりである。

〈2〉  原告は、審決において、「レーザ光源から出射した光束をコリメーターレンズで平行化して偏光ビームスプリッタに入射せしめること」が周知であるとして引用された甲第6号証及び第7号証記載の技術は、光磁気再生の分野における周知技術ではなく、マイクロファクシミリやマイクロフィルマーなどの走査光学装置に用いられるものであり、また、そこに記載された偏光ビームスプリッタは記録媒体からの反射光を入射光束から分離するためのものではなく、2つの半導体レーザの光を重ね合わせるものであるから、光磁気再生の分野では、そのまま採用し得るものではない旨主張する。

しかし、審決は、上記の点が光磁気再生の分野において周知であると説示しているわけではなく、偏光ビームスプリッタの光学手段によるレーザ光の光学的処理技術において周知であるとしているものであり、先願明細書記載の偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめるためにコリメーターレンズを用いることが光学手段としての単なぐ付加にすぎないことをいうために、周知事項として挙示したものであるから、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  本願発明の要旨、及び、本願明細書中の「再生系においては、旋光により変調された光束の光路中に配する光学素子の、透過率を各偏光成分毎に異ならせて透過又は反射量を制御する事により、入射光束の偏光方向の偏光成分に比べてそれと垂直な偏光成分を相対的に増加させ、その結果旋光角を実質的に拡大して従来の欠点を解消できる。」(甲第3号証の3第16頁13行ないし17頁2行)、「本発明は、偏光ビームスプリッタによって、反射光の内、所定方向の偏光成分を相対的に増加させることにより、反射光の旋光角を実質的に拡大するものである」(甲第3号証の4第2頁12行ないし16行)との記載によれば、偏光ビームスプリッタによる旋光角の拡大は、偏光ビームスプリッタからの反射光のうち、所定方向の偏光成分に比べて、それと垂直方向の偏光成分を相対的に増加させることによりもたらされるものであると認められるが、上記構成については、本願発明と先願明細書記載の発明は共通しているから、旋光角の拡大の効果において相違するところはないものというべきである。

したがって、「両者は、偏光ビームスプリッタによる旋光角を拡大するという同じ効果をなすものである」とした審決の判断に誤りはない。

(2)  本願明細書には、「この偏光ビームスプリッタに平行光束を入射するように構成することによって、上記旋光角の拡大の効果を十分に引き出すことが出来るものである。」(甲第3号証の4第2頁16行ないし19行)、「本発明では、偏光ビームスプリッタに平行光束が入射する為、全ての光線が所定の角度で分割面に入射することになり、旋光角拡大の効果を最大限に得ることが可能である。」(甲第3号証の4第3頁7行ないし11行)と記載されているところ、原告は、先願明細書には、直線偏光光源1から出射したP偏光が平行光束であるのか、非平行光束であるのかについて何ら説明されていないし、まして、平行光束の場合の効果についての記載もないのであって、先願明細書記載の発明は、本願発明の上記効果を有しない旨主張する。

しかし、前記のとおり、先願明細書記載の発明は、半導体レーザから出射した光束をコリメーターレンズで平行化し、偏光ビームスプリッタに平行光束を入射せしめるものを含むのであるから、本願発明と同様に上記効果を有するものというべきであって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  したがって、本願発明と先願明細書記載の発明の効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

三  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例